クリエイターズコラム
信じて積み重ねる
こんにちは。ディレクターの宇田です! 皆さんは好きなサッカーチームはありますか?  私は気づけば20年以上、浦和レッズを毎週末追いかけています。  初めて浦和レッズと出会ったのは、 父に手を引かれて埼玉スタジアムを訪れた日でした。  当時ピッチでは、 エメルソンがゴールを決め、 田中達也が前線を駆け回り、 山田暢久がチームを支えていました。 スタジアムが大きく揺れる地鳴りのような歓声と 駆け回る赤いユニフォームを纏う選手たちが 幼い私の心に強く刻まれました。  気づけばあの日から22年。 今では私の週末は、浦和レッズに左右されています。 私にとって浦和レッズを応援する時間は、 特別な予定というより、生活の一部になっていました。  勝った日にサポーター同士で酌み交わすお酒は、 格別においしく感じるし、負けた日のお酒はどこかほろ苦い。 そんなほろ苦いお酒を酌み交わしながら 試合の振り返りをする時間も含めて応援だと思います。 それでも翌週には、また浦和レッズのことを考えています。 幸せだと感じる一方で、決して幸せな瞬間ばかりではないと思います。 浦和レッズは、いわゆる常勝チームではないと思います。 J2降格など苦しい時代も長くありましたが、 アジアチャンピオンズリーグ優勝やJリーグ優勝といった 確かな結果も手にしてきました。  そうした歴史があるからこそ、目先の試合に一喜一憂しながらも、 「信じる」という気持ちが生まれているように感じます。 勝利を求めながらも、勝敗のみで割り切れない。 それが浦和レッズを愛し続けている理由だと思います。 デザインをつくる立場としてクライアントの視点に立てば、 結果が重要であることは言うまでもありません。 「売れ行きはどうか」「消費者に手に取ってもらえるか」常に現実的です。  ただ一方で、結果に至るまでの過程も大切にしたいと考えています。 どのような想いで描き、どこを狙い、どのような選択を重ねたのか。 これらは成果を生み出すための積み重ねであり、 次の一手を考えるための重要な材料になります。  浦和レッズというチームが、 積み重ねてきた歴史と栄光を背負いながら挑み続けているように、 パッケージデザインも一つ一つの過程が 次へと繋がっていくと感じています。  浦和レッズのように最高の瞬間を迎えられるよう 信じて積み重ねていきたいと思います。 ...
春よ、来い
春の瞬間を感じたい。デザイナーの薄井です。 最近、少しずつ暖かくなってきました。 寒くて外に出るのが億劫だった人も、 だんだん外に出やすくなってきた頃ではないでしょうか。 まさに冬から春へと移り変わるこの瞬間。 グレーだった景色が、少しずつ色を取り戻していくような春の瞬間には、毎年心を動かされます。 それを今年もしっかり味わい、楽しみたいと思っています。 そんな春ですが、私にとって「春がきた!」と感じる瞬間が2つあります。 普段あまり感情の起伏がない私でも、そのときばかりは少しテンションが上がります。 1つ目は、アリの発見です。 実は子どもの頃、家の庭でアリを観察するのが好きでした。 家の庭で長い時間しゃがみ込んでよく見ていた記憶があります。 だからなのか、春になって最初の1匹を見つけると、なんだか特別な気持ちになります。 自分が今年最初の発見者なのではないかという気持ちになって、少しそわそわしてしまうのです。 「ここにアリがいたぞ」と、誰かに言いたくなります。 幼い頃によく見ていた景色と重なることもあって、 冬を越えて外に出てきたアリの姿を見たときは、普段なかなか味わえない特別な感動があります。 2つ目は、タンポポの発見です。 林や森ではなく、コンクリートと家の塀に挟まれた、 あの街中のタンポポがいい春らしさを出しています。 黄色と緑の、いかにも春らしい姿。 そして、毎年うちではタンポポを発見し、ポイントを競うゲームが流行っています。 そうです。「タンポポポイント」です。 ルールは簡単です。見つけた人は大きな声で「タンポポポイント!」と叫びます。 すると、1タンポポポイント獲得。 その日、たくさん見つけた人が勝ちです。 散歩しているだけなのに、これが意外と盛り上がります。 家族や友達とぜひやってみてほしいと思います。 ちなみに私はタンポポプロなので、誰にも負けません。 ライバルをいつでも探しています。 寒さが和らいで外に出かけた際には、ぜひ少しだけ足元を見てみてください。 そこには、季節が静かに動き出す瞬間があります。 今年の春も、そんな小さな発見を楽しみながら過ごしていきたいと思っています。 さあ春よ、来い!...
Born to Be Wild
東京に出て一年目の夏、ふと大分までバイクで帰ろうと思った。 相棒は和製アメリカン、HONDA STEED 400。 計画も準備もない、ただ勢いだけの思いつきだった。 頭の中では1969年公開の米映画『イージー・ライダー』の劇中歌が繰り返し再生されていた。 ナチヘルにレイバン、真夏の中央道。 脱水症状で神戸港にたどり着き、フェリーで別府へ。 今思えば無謀だが、あの道の上で自分の価値観は形づくられた。 物心がつく頃にはハーレーダビッドソンという鉄の馬に惹かれていた。 それはその存在が、単なる大型バイクではなかったから。 無駄に大きく、重い。そして空冷Vツインエンジンの不規則な鼓動。 速さを競うのではなく、鼓動を感じる。 どっしりと腰を下ろし、風を受けながら進むその姿は、効率や合理性とは対極にある。 日本のバイクが機能美を突き詰めるなら、ハーレーは思想を走らせる。 完成度の高さと同時に、乗り手の解釈を待つ余白を残している。 そこにカスタム文化が生まれる。 既製品をそのまま消費するのではなく、自分の解釈を加えて昇華させる。そのプロセスこそが魅力なのだ。 幼い頃から、そこにあるものをそのまま使うのが好きではなかった。 ラジコンにステッカーを貼り、自転車を塗装し、空き瓶や看板を部屋に持ち込んだ。 大きな革新ではない。ほんの少し手を加えることで、新しい意味を与える。 その感覚は今の仕事に重なる部分かもしれない。 ブランドデザインとは、ゼロから何かを生むことだけではない。 既に存在する価値に解釈を与え、物語を編み直し、時代に接続する行為だ。 ハーレーダビッドソンが100年以上愛され続ける理由もそこにある。 プロダクト以上に、自由と反骨、そして自己責任という思想を売っているからだろう。 数十年前、ルート66をハーレーで走る自分を何度も想像した。 広大な地平線、終わらない直線道路。あれは単なる旅の夢ではない。 「自分の価値観で世界を走る」という象徴だったのだと思う。 あの無謀なツーリング以来、バイクからは距離を置いている。 それでも感性の核は変わらない。 ブランドとは生き方であり、選択の連続だ。 だからこそ、いつかあの場所で走りたい。 広大で果てしなく続くルート66を、やはりハーレーダビッドソンで。 それは懐古ではない。 自分の原点を、もう一度確かめにいきたいという衝動なのだろう。 それこそが、ブランドの持つ力なのだと思う。  ...
回すときめき
私のときめきの一つであるガチャガチャについてお話ししたいと思います。 皆さんも一度は遊んだことがあるのではないでしょうか。 先日、六本木ミュージアムで開催されている「ガチャガチャ展」に行ってお目当ての品をゲットしてきました。 2026年3月2日までやっているのでご興味がありましたら是非。 元々はアメリカで生まれ、お菓子などを販売していたことをご存知でしょうか? そこから日本に渡り、いまや子どもだけでなく大人も夢中にさせるカルチャーへと進化しています。 実は、ガチャガチャの“ときめき”は、緻密に計算されたデザインと深く結びついています。 ●「何が出るかわからない」を設計するデザイン ガチャガチャ最大の魅力は、“ランダム性”。 中身が見えないカプセル、一覧はあるけれど選べないもどかしさ。この「余白」をつくるのもデザインだと思います。 情報を与えすぎないことで、想像が膨らむ。 つまり、ガチャガチャは「ワクワクをデザインしている」と思います。 ●誰でも使いやすいデザイン 500円ほどでハンドルを回せば手に入る、アナログで簡単な操作が老若男女みんなで楽しめる魅力なのだと思います。 どんなものが手に入ったかなどを話せるコミュニケーションが取れるのもときめきポイントです。 ●SNS時代の“シェア前提”デザイン • 並べてかわいいシリーズ展開 • 背景付き台紙 • コレクション欲を刺激する全◯種構成 小さくても写真映えするビジュアル設計が、「もう一回回したい」を生み出していると思います。 集めたい!と思わせる世界観作り、つまりコンセプトがしっかりとしているのです。 ガチャガチャの魅力は、単なる偶然や可愛さではありません。 小さなカプセルの中に、デザインの工夫がぎゅっと詰まっています。 私もクリエイティブな魅力とときめきがたくさん詰まったお仕事をしていきたいです。...
薬味で、一杯
こんにちは!デザイナーの井出です。 三度の飯より、一食の晩酌を大事にしている私ですが、 1番好きな食べ物はずっと魚です。 中でもお刺身でいただくのが好きなのですが、 最近、お刺身の隣に添えられている、「ある存在」を楽しみにしている自分にふと気づきました。 それは、「薬味」です! 薬味といえば、山葵、生姜、葱、大葉、茗荷など、 お刺身に限らず、様々な料理の脇にちょこんと添えられている存在ですが、侮れません。 調べてみると薬味の歴史は古く、奈良時代、野山に自生していた山葵を食用としたことから始まり、 江戸時代に、うどんやそばなどの流行とともに日本人の食の「名脇役」として定着していったようです。 語源は、中国の「医食同源」の思想。 “薬にもなり、味も引き立てる”ことから「薬味」と呼ばれるようになったとか。 ここで、私のお気に入りの薬味を3つご紹介。 「穂紫蘇」「柚子胡椒」「赤蓼(あかたで)」です。 穂紫蘇 紫蘇の花が咲き終わった後の未成熟な実です。 軸からお箸でぷちぷちと外して醤油皿や取り皿の端にちょんと置いて、 お刺身に包んで食べるとほんのり紫蘇の香りと、 ぷちっとした食感がアクセントにキマり、魚の甘みを引き立てます。 調べてみると、殺菌作用や臭み消しの効果があり、ちゃんと理由があるおいしさです。 柚子胡椒 言わずと知れた王道薬味ですが、 最近テレビで見た、イカのお刺身に付ける食べ方が大正解でした。 爽やかな辛みが甘さをぐっと際立たせてくれます。もう山葵には戻れません! こちらも、代謝や血行を促す働きもあるとか。おいしくて体にもいい。ありがたい存在です。 赤蓼 よくお刺身の横にちょこんと添えられている赤紫の小さいあの葉っぱです。 (飾りだと思って食べない人も多いかもしれませんが、、、) 「蓼食う虫も好き好き」という言葉もある通り、辛みのある蓼ですが、 赤蓼のほどよいピリッとした辛さが脂の乗ったお刺身や、さっぱりとした水だこのお刺身に合わせると、 ほどよい刺激が心地いいアクセントになります。 抗酸化作用や消化を助ける効果もあるそうで、やはり意味のある名脇役です。 「あると嬉しい」 「ちゃんと意味がある」 「主役を引き立てる」 薬味のように、さりげなく、でも確実に効いている。 “ぴりっと効くひと手間”を大切に 味のあるデザインを、つくっていけるよう頑張ります。 今日は山葵だけで、日本酒が進みそうです。...
時を味わう オールドバーボンの世界
  ウイスキーには、あまりいい思い出がなかった。 学生時代の飲み会や、始発を待つ間のカラオケ。 とにかくその場にお酒があればよかった頃。 そして、必ずと言っていいほど後悔がセットになる―― 私にとってウイスキーは、そんな記憶と結びついた飲み物だった。 今日は、もう少しだけ飲んで帰ろうかな。 いつもは横目に見るだけの、熟成庫のように重たい木扉を、ゆっくりと開けてみる。 そこで待っていたのは、深い琥珀色が煌めく「オールドバーボン」の世界だった。 オールドバーボンとは、単に「古いバーボン」という意味ではない。 長い熟成を経たもの。 あるいは、今では失われてしまった製法や蒸溜所で瓶詰めされたもの。 それはまるで、“タイムカプセル”のような存在である。   ーバーボンの誕生ー バーボンの歴史は、アメリカの歴史と重なっている。 1775年、アメリカ東部の植民地とイギリス本国との間で、アメリカ独立戦争が勃発した。 このとき、アメリカの独立を支援したフランス王家「ブルボン家」に敬意を表し、 ケンタッキー州の一部は「バーボン郡」と名付けられる。 独立戦争後ほどなくして、 スコットランド移民が持ち込んだ蒸留技術により、 トウモロコシを原料としたウイスキー造りが盛んになっていった。 樽詰めされたウイスキーには「バーボン郡」と刻印され、各都市へと運ばれる。 やがてその名は、酒の名前として定着し、 「バーボンウイスキー」と呼ばれるようになった。   ー禁酒法の時代ー やがてバーボンは、アメリカを代表する酒へと成長する。 しかし、過度な飲酒による家庭崩壊や治安悪化、労働問題が社会問題となり、 1920年、禁酒法が施行された。 ところが、密造酒や密売が横行し、犯罪組織は拡大。 社会はむしろ混乱を深め、1933年、禁酒法は廃止される。 この禁酒法によって、多くのバーボン蒸留所が閉鎖された。 失われた製法や銘柄も、決して少なくない。 バーボンにとって禁酒法とは、 「失われた時代」を生んだ、苦く重い歴史なのだ。   ー受け継がれるバーボンー 「ジムビーム」 「メーカーズマーク」 「ワイルドターキー」 「I.W.ハーパー」 スーパーやコンビニで手軽に買える、馴染み深いバーボンたち。 しかし、それらも1900年代のオールドバーボンとなると、 香りや味わいの奥行きは、まるで別物になる。 若いバーボンの力強さとは対照的に、 オールドバーボンは角が取れ、丸みを帯び、静かに語りかけてくる。 ここに辿りつくまで、いったいどんな人たちが造り、 どんな人の手に渡り、どんな場所で、どんな時を過ごしてきたのだろう。 そんな想像が、自然と膨らんでいく。   ワイン、時計、レザー、ジーンズ... “ビンテージ”と呼ばれるものに共通するのは 同じ条件、同じ製法で、二度と造ることができないということ。 オールドウイスキーもまた、 飲めば確実に、この世から一本分の歴史が消えていく。 その儚さを含んだ味わいは、 「時を味わう」という、最高に贅沢なひとときを与えてくれる。   今日は、もう少しだけ飲んで帰ろうかな。 そんな夜には、熟成庫のような重たい木扉を、そっと開けてみてほしい。 そこには、深い琥珀色が煌めく世界が広がっているかもしれない。...
馬と積み重ね
こんにちは!ディレクターの飯郷です。 みなさん、昨年末の有馬記念は見られましたか? 『有馬記念を観なければ年を越せない』と言われるほど、年の瀬の風物詩として定着しています。 ファン投票で出走馬が決まり、1年で最も馬券が売れるレースとしても有名で、 メディアによると、2025年の有馬記念は某ドラマの影響もあったのか、26年ぶりに売上が700億円を超えたそうです。 僕が一番熱くなったレースは、『2023年の有馬記念』です。 負傷していた武豊騎手と不調が続いていたドウデュースが復活の勝利を手にした瞬間でした。 まさに人馬一体の感動的な復活劇だったと思います。 翌年の『G1天皇賞(秋)』、『G1ジャパンカップ』も勝利し、G1-5勝の名馬となったドウデュースは、僕の推し馬です。 ―――現在はレースを引退し、種牡馬としての第二の人生を歩んでいますが、 先日、待望の産駒第一子が誕生したというニュースを聞きました。 お父さんに似て元気に育ち、いつかレースで活躍する姿を見るのが楽しみです! 競馬の魅力はたくさんあって語り切れません。 ゲートが開く前の緊張感、最終コーナーをまわり直線に向いたときの高まり、 ゴール直前で息を止める数秒、そして湧き上がる歓声。 すべてがたまらなく面白いです! もちろん、馬券も楽しみ方の一つですが、競走馬そのものにすごく魅力があります。 普段はおとなしい馬でも、レースになると雰囲気がガラッと変わるんです。 単なる勝ち負けではなく、『生きものが全力で走っている』というところにグッときますよね... レース自体はわずか数分で決着がつきますが、 競走馬はそのレースのために何か月、何年という時間を注いでいます。 血統の継承、地道な調教、体調管理、そして騎手の瞬時の判断。 すべてが完璧に噛み合ったとき、あの震えるような感動が生まれるのです。 これまでの積み重ねが、一瞬で報われるのも魅力のひとつです。 デザインの仕事にも『店頭で目に留まる一秒』『街中でみる一瞬』に、 何時間、何十案ものアイデアや検証を積み重ねていきます。 そんな積み重ねの先で、誰かの心に響くような、魅力あるものをつくれるように頑張っていきたいです。...
寿司 is ビュティホー!
  気づけば私は肉より魚を選ぶ人生を送っている。 日本において食の好みは「肉派」が7割、「魚派」が3割。少数派だ。 焼肉の話題で盛り上がる輪の中でも、頭の片隅では「魚が食べたい・・・」と考えている。 魚料理は何でも好きだが、やはり刺身や寿司となると少しテンションが上がる。 火を入れた魚ももちろん美味しいが、切るだけ、握るだけで成立してしまうあの潔さには、何度食べても心を掴まれる。 素材の鮮度がすべてを物語る世界は、どこか緊張感があって、それがまたいい。 好みを言えば白身魚派だ。タイ、スズキ、ヒラメ・・・ 噛んだ瞬間は静かなのに、遅れてじわっと旨みが広がるあの感じがたまらない。 そしてアジやサンマといった光物も、しっかり好きだ。 特にアジ。脂、香り、食感、そのバランスの良さが素晴らしい。     そんな魚好きの私にとって、寿司は外食の有力な選択肢だ。 週に1回は回る寿司屋へ足を運ぶ。 最新の回る寿司は侮れない。 ネタは安定しているし、サイドメニューも充実している。 気負わず、考えすぎず、今日はアジを2皿いこう、なんて気軽さがある。 これはこれで、日常にちょうどいい。 一方で、2ヶ月に一度くらいは「今日は回らないほうで」と自分に言い聞かせる。 暖簾をくぐり、カウンターに座り、職人さんの手元を眺めながら一貫ずつ味わう時間。 値段も空気も違うが、その分、魚とちゃんと向き合っている感覚がある。 白身の微妙な寝かせ具合にうなり、光物の締め加減に心の中で拍手する。 完全に自己満足だが、こういうご褒美があるから日常の回る寿司もより美味しく感じられる。 高級か、カジュアルか。 回るか、回らないか。 どちらが上という話ではない。 魚が好きで、寿司が好きで、 その時の気分や懐事情に合わせて選べればそれでいい。     とは言いつつも、やはり回らない寿司は自分への最高のご褒美だ。 空間のつくり、カウンター越しの距離感、目の前で魚が寿司へと変わっていくライブ感。 一貫一貫に込められた意味や工夫が、説明されなくても自然と伝わってくる。 そして口に運んだ瞬間、料理人の「こう食べてほしい」という意図や美意識が、静かに、しかし確かに口の中で完成する。 あれはもう食事というより、体験に近い。 だから食べ終わるころには、お腹だけでなく気持ちまで少し豊かになっている。 私の仕事であるデザインも同じだと思う。 形や色、余白や手触り、そのすべてに意図があり、使う人や見る人の中で初めて完成する。 派手な説明がなくても、「なんだかいい」と感じてもらえたら、それはもう十分な仕事だ。 寿司職人が一貫に想いを込めるように、 デザインもまた、人の時間や気持ちを少しだけ良くするためのクリエーションなのだと思う。 さぁ、今週末は回らない寿司へ行こう!...
ドリュー・ストルーザンと映画ポスター
ドリュー・ストルーザンという方を知っているでしょうか。 昨年2025年10月13日に逝去され、今回のコラムのテーマを彼にしようと思いました。 名前は知らなくても、作品を見ればきっと「あ、これ見たことある」となると思います。 なぜなら彼は、【映画ポスター】という世界で、あまりにも多くの人の記憶に入り込んでいるからです。 有名な代表作品としては、  『スター・ウォーズ シリーズ』1978~  『インディ・ジョーンズ シリーズ』1981~  『ブレードランナー』1982  『E.T.』1982  『バック・トゥ・ザ・フューチャー シリーズ』1985~  『グーニーズ』1985  『ハリーポッター』1997 下記、検索してみてください https://wired.jp/2015/02/25/poster-art-of-drew-struzan-gallery-1/ 1975年から本格的に映画ポスターを手掛け始め、1977年、20世紀フォックスの依頼で、エアブラシとアクリル絵の具を使用し、代表作となる『スター・ウォーズ』のポスターデザインを制作。映画のヒットと共に確固たる地位を築くきっかけとなりました。 ポスターは本来、広告であり、タイトルがあり、キャストがいて、公開日があり、 いわば「映画を観てもらうための入口」となります。 幼少期、初めて目にしたストルーザンのポスターは、静止画なのに映像のワンシーンのように感じたほどでした。それは、映画が告知だけに留まらず、作品の一部として機能していました。 主人公がいて、仲間がいて、敵がいて、象徴があって。 情報量が多く詰め込んでいるのに、見やすく、散らからない。 これは、ただ絵が上手なだけではなくて、 設計が上手い=デザインが上手いということだと思います。 何を一番に見せるか。 どこに感情を集めるか。 ただ、彼の一番の才能と魅力は、手描きだからこその【嘘】にあると思います。 現実より少しだけ理想に寄った嘘(デフォルメ)を描いている。 テープが擦り切れるほど観た映画『グーニーズ』のポスターデザインも、面白いことに、こんなシーンは映画のどこを探しても見当たらないんですw 映画は現実より少しだけ嘘です。(ジャンルにもよりますが、) 現実より少し大袈裟で、 現実より少し運命的で、 現実より少し大きかったり。 その嘘が心地いいから、映画を観たくなります。 ストルーザンの絵も、その嘘の扱い方が絶妙で、 だから映画の“夢”を壊さず、魅力的なのだと思います。   本質を捉えて、形にする力。 そして魅力的にするデフォルメのうまさ。 これこそ、デザインの本質なのかもしれません。...
記録以上に心に残るもの
こんにちは!ディレクターの秋山です。 みなさん、箱根駅伝は見られましたか? 僕は例年テレビで観戦しているのですが、今年は山の5区で大波乱があったり、 最終タイムが過去最速だったりと見ごたえ抜群でした。 箱根駅伝といえば、レースはもちろんですが、 個人的に毎年心をつかまれるのが、途中で差し込まれる「選手のエピソード」です。 これまで積み重ねてきた厳しいトレーニングの日々、 思うように結果が出なかった時期の葛藤、支えてくれた家族や先生、仲間への感謝 そうした背景を知った上で走る姿を見ると、ただのスポーツ中継ではなく、 一人ひとりの人生の一場面を見ているような気持ちになります。 特に、苦しい表情でタスキをつなぐ瞬間や、限界を超えて前に進む姿に、 その人が背負ってきた思いや覚悟が重なって見えてきて、なにかと込み上げてくるものがあります。 もうひとつ、走りを追いながら自然と目に入ってくるのが、各校のユニフォームデザインです。 伝統と重みを感じさせる、Wのエンブレムと臙脂色の早稲田。 一方で、アディダスのストライプが映える緑の青山学院からは、新しい時代の勢いが伝わってきます。 ユニフォーム一つとっても、そのチームのスタンスや姿勢がにじみ出ているようで、 ロマンが感じられるのです。 年始から勇気をくれる箱根駅伝は偉大だと改めて実感しました。 今年は僕もマラソン走れるように頑張ります💪...
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