
思い返せばひらがなが書けるか書けないかくらいの幼い頃から10年以上習字を習っていました。
「せっかく習字習ってるんだからもっと綺麗な字で書きなさいよ」
学生時代、私のテストやプリントの字を見た母と祖母に何度も言われた言葉です。
大人になった今ならその気持ちも理解出来ます。
親からしたら月謝を払って習わせてるんだからきっと普段から綺麗な字を書いてほしいものです。
でも当時の私は小学生ながらにそれは違うという強いこだわりがありました。
綺麗な字で書くこと自体が嫌だったわけではありません。
”いつも”綺麗な字で書くことに違和感がありました。
あんまり綺麗に書くと小学生っぽくないな、真面目すぎてつまんない人に見えそう、褒められて目立つのが恥ずかしい
まあそんなようなことを感じていました。考えすぎですけどね。
特に当時の交換ノートや手紙などを書く時、このファンシーな絵柄に綺麗な字って合わなすぎると思っていたのをよく覚えています。
なのでそういうポップなものに書く時の文字は丸みのある可愛い字で、
授業ノートはあまり揃っていない小学生っぽい字で、
もちろん書道教室や学校の書き初めの時には凛とした大人っぽい整った文字を、
そんな風に書き分けて文字を書くのを楽しんでいました。
今振り返ると小学生の私は直感的に「媒体によってふさわしい文字がある」ということを感じていたのだと思います。
特売品のチラシなら、元気でポップな字のほうが目に留まる。
歴史や信頼のある商品を伝えたい広告なら、端正な明朝体がしっくりくる。
そんなことを理屈ではなく感覚でやっていました。
伝えたい相手がいて 伝えたい空気があって そのために一番しっくりくる形を選ぶ。
思えば、あれが私の最初のデザインだったのかもしれません。
子供の頃に文字で遊んでいた感覚は
形を変え手段を変えながら今も私の中に残っています。
それは今も変わらず私がデザインで大切にしている感覚です。
皆さんも自分の書く字ともっと仲良くなってみませんか?
